c4j輪読会 貧乏人の経済学 第3回 第4章 レジュメ
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感想:こうおもいましたyuiseki.icon
なるほどyuiseki.icon
疑問:これはこういうことか?yuiseki.icon
そういうことだと思いますよyuiseki.icon
のように書いてもらえるとわかりやすいかと思います
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第4章 クラスで一番
担当:Koichiro Shiratori.icon
多くの国では、少なくとも小学校くらいは無料で、ほとんどの子供が入学
しかし子供の欠席率は14~50%にもなる
そのほとんどは、子供が学校に行きたがらないこと、そして親たちが子供を学校に行かせられない、あるいは行かせたがらないため
例)シャンタラマさんの家族(インド)
一部の評論家「政府主導のトップダウン型教育推進政策の惨憺たる失敗の徴」
学校を作って教師を雇っても、教育に対する強い潜在的需要がなければ意味がない
逆に、もしも技能に対する本物の需要があれば、教育の需要も自然と生じて、それに伴い供給も生じる
この理論では説明できない例)シャンタラマさんの住んでいるカルタナカ州では教育を受けた人に対する需要は不足していない
感想:
このテーマは前2章に比べて実験がやりづらそうtks.icon
需要供給戦争
教育政策は激しい政治論争の種となってきた
議論は、政府が教育に介入すべきか、あるいは介入のやり方がわかっているのかということに集中する
「供給ワラー」:「学校の供給」を重視する人々
子供たちをなんとか教室につれてきて、願わくばよく訓練された教師がそれを教えれば、あとはなんとかなるという考え方
例)国連のミレニアム開発目標(MDG、2000-2015年)
奇妙なことに、学習という問題(子供が学校で何を学ぶか)は国際的な宣言の中であまり大きな位置づけがされていない
実際、学校を作っても学力が伸びない事例が多発
インドで、7歳から14歳の子供たちの35%近くが、簡単な文(1年生程度のレベル)を読めず、ほとんど60%近くが簡単な物語(2年生程度のレベル)を読めない
2年生レベルの算数(基本的な割り算)ができる子供はたった30%
→家族の露店や店の手伝いをする少年少女のほうが計算ができる??
他の例)パキスタン、ケニア、その他の国々でもほとんど同じような結果
感想:
需要ワラーの言い分
「需要ワラー」:需要がなければ教育を供給しても無意味と信じる批評家たち
例)ウィリアム・イースタリ―
需要ワラーによれば、これらの結果はここ数十年の教育政策に関する間違いの集大成
教育の質が低いのは親が十分な関心を持っていないから
彼らが関心を持たないのは実際面の便益(「見返り」)が低いと知っているから
→教育の便益が高くなれば、政府が無理強いしなくても就学率は上がる
私立学校に入学させる、地方政府に学校をつくるよう要求する
海外コールセンターに関する実験)北インド3つの州で通常は募集人が行かないような地方の村を無作為に選び、そこで若い女性の募集活動を行った
コールセンターでの若い女性の雇用が増えた
募集開始から3年後には村では5~11歳の女児の就学率が5%上昇、彼女たちの体重も増えた(親が女児の面倒をよくみるようになったことを示唆)
需要ワラーの考え方の中心には、教育は投資の一種にすぎないという発想がある 人々が教育に投資するのはお金を増やすため
しかし、教育の経済的見返りだけでなく、将来への希望、子供への期待などその他たくさんの要素も重要
供給ワラー「だからこそ、一部の親にはあと押しが要る」
多くの豊かな国々では、親は原則として子供を学校に行かせる義務がある
しかし、国家の能力が限られている国ではそのような制度は機能しない
政府は子供を学校に通わせることが親にとって財政的に価値を持つようにする必要がある
→条件付き補助金へ(教育政策として人気のある新しいツール)
感想:
全体的に、「貧乏人が貧乏なのは貧乏人の問題、下手に手を出すな」系のイースタリーへの指摘はいつもハッキリしてる tks.icon
統計数値が多々出てるのであれば、需要ワラー・供給ワラーでなぜ割れるのか?(ポジショントークだったり思想の違いからくるバイアス?)Junna.icon
プログレッサ(メキシコにおける「ひも付き」補助金、初の条件付き補助金プログラム) 子供たちが規則正しく学校に通い、家庭が予防的ヘルスケアを実施(定期検診を受診)するのを条件として、家庭にお金を与える
RCTで効果を検証→大幅に就学率が上がった
その後、条件付き補助金は世界中に広まった
しかし、マラウイの実験では「条件なし」の財政的援助プログラムでも同じ効果が表れた
親の収入が重要がこれほど重要ならば、市場に任せているだけでは、すべての子供に出自にかかわらず能力に応じた教育を受けさせることはできない
→国による供給重視の介入が必要
感想:
義務教育のもう一個向こうで面白いけど、万能じゃないんだな、、 tks.icon
条件なくても実は関係なかったというの興味深かったですyuiseki.icon
様々な前提によるABテストによる検証が重要
トップダウン型の教育政策は機能するか?
哲学的に対立した戦略間の二極化した論争はほとんど的外れ
需要と供給の戦略のどちらか一つしか実行できない理由などない
公立学校(≒トップダウン型)で提供されている教育の質は時に惨憺たるものであるが、私立学校(≒需要重視)はどうなのか?
感想:
私立学校
私立学校が教育制度の隙間を埋めるのに重要な役割を果たすことについては、みんな驚くほど意見が一致
世界中の低所得者の熱心な親たちは、たとえ生活を切り詰めてでも子供を私立学校に入れようと決めていた
南アジアとラテンアメリカ全域では、低価格私立学校(月謝は最低1.5ドル)が登場。教師は他に仕事がない地元の人(教育を受けた女性など)
私立学校はたいていは公立学校よりもうまく機能している(教師の欠勤、子供の成績など)
感想:
プラサム対私立学校
著者らは10年ほど教育NGOプラサムと協力し、子供に算数と読みを教えるプラサムのプログラムのほとんどを評価してきた 例)バルサキ(「子供の友達」という意味)というプログラム:苦手なところを一緒に勉強してくれる地元のお姉さん(バルサキ)を派遣する バルサキについて)平均的な私立(あるいは公立)学校の教師よりも教育を受けた時間がかなり少ない(10年ほど学校に通い、プラサムの1週間の研修をうけただけ)
結果)子供たちの成績は大幅に上昇、インドにおける私立学校の平均的効果の約2倍の効果
例)その取り組みを地元に引き継ぐプログラム:地元の人たちを巻き込んで子供たちにテスト、何をわかっていて何をわかっていないのかを共有→地元からボランティアが現れる
結果)字が読めなかった参加児童の全員が、少なくとも文字が読めるようになるなどの目覚ましい成果
最近では、プラサムはその焦点を公立学校との連携に移してきている
例)評判のよくない政府の教師たちと夏の補習キャンプ
結果)顕著な高い成果
なぜ私立学校で同じような教育成果が挙げられないのか?
私立学校間で十分な競争がない
親たちが私立学校での教育についての十分な情報を得ていない
重要なのは、教育が何を実現するのかという期待の特異さが、親たちの要求、公立私立学校の両方が提供すること、そして子供たちが達成することを歪めており、これによって膨大な無駄が生まれている
感想:
プラサムすごすぎるyuiseki.icon
前章でも治水に関してすごいNGOが出てきた気がするけど、とにかくすごいNGOがあるんだなという
現場のことが分かってる対症療法的なNGOは効果高そう(つまり、問題ごとに別々のマンパワーが要る)tks.icon
問題に対する解像度の高さ
NGOって法人の数と同じぐらい出来るようになれば良いな〜と思ったけど、「非営利のコミュニティは経済的合理性的な文脈でスケールしない」とjinnnouchiさんもおっしゃってましたtkgshn.icon 地域の人々をボランティアなどの形で巻き込んでいるという共通点がある
教育とITの話で言うと、N高とかはうまくスケールさせた例かもしれないですねtkgshn.icon ↑つまり、ITシステムでいろんな問題を一発解決! というのと複雑な貧困問題の対策は相性が悪そう tks.icon
教育に関するフィードバックループが壊れているので競争や改善がうまく働いていないyuiseki.icon 期待の呪い
幻のS字曲線
マダガスカルでの調査)親は一番いいところと最低のところを誇張している
卒業すれば公務員になれる割合を実際より過大に見積もる
学校に通う効用を過小に見積もる(小学校卒業は学歴が必要な仕事では必須)
彼らにとっては教育は安全な投資ではなく宝くじのようなもの
「教育における最初の数年間は、そのあとの数年間に比べて割がよくないのでは」=現実とは異なるS字曲線
→子供に対する選択と集中を起こしてしまう
ブルキナファソでの調査)知能テストで高得点をとった若者は就学率が高くなるが、兄弟が高得点をとった場合には就学率が下がる
感想:
エリート主義的な学校制度
開発途上国の教師たちが持つエリート偏向
例)教師たちは、一番の優等生が難しい卒業試験に合格するよう備えるのが自分の仕事だと思っている
実験結果)レベルの低いクラスを受け持つ教師は、教壇に立たなくなり、教室でお茶を飲んでいることが多かった
有害な問題は、高い野望が生徒の達成度に対する低い期待感と一緒になってしまっていること
例)教師「低カーストの子供が勉強ができるはずがない」、カーストが低い教師のほうが低いカーストの子供に悪い評価を与える傾向が高い
感想:
カースト制度の話は差別っていうものを具現化していて辛くなるsmellman.icon
メンタルやマインドセットの問題が最大というのはすごくよくわかるんだけど解決が難しすぎるtks.icon
こういう現象は発展途上国に限らず、日本でも起きているはずyuiseki.icon
女性だと出世できそうな(難しい)仕事が回ってこないとかも同じような構造じゃないかtks.icon
おお、こういう概念がすでにあるんですね!yuiseki.icon
なぜ学校は失敗するのか
多くの発展途上国では、カリキュラムと教え方のどちらも、学校に来る普通の子供よりはエリート向けに作られているため、投入を増やすことで学校の機能を改善しようとする試みはたいてい期待はずれとなる
親も、他の人と同様に、学校に「エリート」教育だと思っているものを施してほしいと思っている
例)南アジアでは英語教育は親に人気だがサマーキャンプや夜間授業はほとんど興味を持たれない
ある実験からは、決められた教育方法や指導要領の消化にもっぱら専念しなくてはならないという公立学校の制約が教育の効果を低めているという示唆が得られた
非現実的な目標と無用に悲観的な期待、そして教師へのまちがったインセンティブが組み合わさることで、発展途上国における教育制度は必然的に2つの基本的任務の達成に失敗
任務1)すべての人にしっかりとした技能の基本セットを与えること
任務2)才能を見つけ出すこと
感想:
ここで定義される教育の任務は的確だと感じましたyuiseki.icon
本には出てこないけど、シンガポールはどっちもかなりうまく行ってるなあ あの国は教育へのKPI設定やカリキュラム変更をすごいちゃんとやってる tks.icon すごいyuiseki.icon
教育とKPIの語の組み合わせが新鮮に感じられてすごいsilloi.icon
ポスドク期間みたいな感じかな?tkgshn.icon 教育の再設計
手持ちのすべての証拠は、すべての子供が学校で基礎をきちんと学ぶのは十分可能だし、それだけに焦点を絞って取り組めば、実はかなり簡単に実現できることをはっきりと示している
イスラエルの社会実験)1万5,000人のかなり貧しいユダヤ系エチオピア人(平均して1~2年しか教育を受けていない)とその子供たちがアジスアベバからイスラエル中に移住
結果)数年後、最近移住してきたロシア人との差はかなり小さくなっていた(家庭環境がまったく違うにもかかわらず)
ポイント)基礎能力に焦点を絞ること、子供と教師が十分に努力すれば、すべての子供がその基礎能力を習得できるという考え方を貫くこと
ポイント)能力ある補習教師になるために、少なくとも低学年教育については訓練はあまり必要ない
ポイント)カリキュラムとクラスを再編成して子供たちに自分自身のペースで学ばせ、特に遅れている子供たちが重点的に基本に取り組めるようにする
みんなが抱いている現実離れした期待感を変える各種の方策
マダガスカルのプログラム)自分の子供と似た経歴の子供が、1年間学校に通うと平均でどれだけ収入が増えるかを親に告げる
結果)テストの点数にかなりの好影響、教育のメリットを過小評価していたことに気づいた親の場合はその効果は2倍に
子供と教師にもっと短期の目標を与える
ケニアのプログラム)上位15%以内の成績をあげた女児に、購買力平価で20米ドルの奨学金をその翌年に与えた
結果)女児の成績が上がっただけでなく、教師が一生懸命教えるようになって奨学金のない男子の成績も上がった
技術をもっと使う
インドのプログラム)ペアを組んでコンピュータでだんだん難しくなる算数の問題を含むゲームをする
結果)それまでに実施された過去の介入のなかでもっともうまくいった介入に匹敵する効果を上げ、できる子供にもできない子供にも効果があった
著者らのメッセージ:期待を下げて、中核的な能力だけに焦点を絞り、そして教師の補助にテクノロジーを利用する、あるいはもしも必要なら、技術で教師を置き換えてしまおう
ありうる批判)二重構造。片方は、高価な私立学校で高い水準の教育を受ける金持ちの子弟向け、片方はその他向けでは
反論)反対論がまったくの見当違いというわけではないが、残念なことにそういう分断はすでに存在しているし、現行のシステムは何の役にもたっていない
感想:
教育において年齢ではなく個人の学習進度に基づいて学習を行うべきというのは日本でも言われているハズ……yuiseki.icon
国家の設計している教育制度が硬直的すぎる
基礎能力の底上げは可能な限り柔軟にして労働力として生み出す
才能がある場合はそれを見出して加速させる
一方で飛び級制度みたいなやつが実はあんまりちゃんと効果出てない、みたいなのが教育専門家(日本の15歳はなぜ学力が高いのかを参照)の調査から出ているというのもある。 とはいえレベルを揃えて、レベル内では全員通過させるのは有効そう tks.icon コメント:
教育においても現実から出発することが大切。過剰な期待は禁物。理想論や精神論や人情だけでは逆効果になりがち。Koichiro Shiratori.icon
過剰な教育の制度化が現場から教育力を奪うという点は腑に落ちる。Koichiro Shiratori.icon
「人間は複雑だ」にとどまらない「幻のS字曲線」というモデル。Koichiro Shiratori.icon
実務と研究の距離の近さがもたらす改善のスパイラル(プラサムのプログラムの評価など)。Koichiro Shiratori.icon
研究開発と教育の話はぜんぜん別なんだな tks.icon
義務教育的(読み書きソロバン)はある程度、議論不要なぐらいのラインがあり、ないと社会ではソンをする (ゆたぼんてきな考え方の否定) tks.icon
一方で、コンピュータで教育するとかで、テクノロジーで教育効率上げるとかは期待できそう tks.icon
Googleがオンラインのコンピュータ教育コースめちゃめちゃ増やしてる(成績いいとGoogleに入れる)けど、これがフィリピンやバングラデシュみたいな国にどういう影響与えるのか興味ある tks.icon
防疫や貧困対策みたいなものに比べて、教育みたいな高次のテーマになると、より「思い込みと実際の効果が違う」ことが多くなってくるtks.icon
なるほどyuiseki.icon